収蔵品案内

全収蔵品一覧全38件

民俗

そり

そり土・雪・氷などの上を滑らせて人が薪・荷物などをのせて運ぶのに用いる運搬具。

民俗

トウミ

トウミ風力を利用して穀物(豆・アズキ等)を精選する道具で、明治、大正、昭和と長く使われた。

民俗

丸木舟

丸木舟樹齢160年~170年位の大木をくりぬき(樹種は、ブナが多く、他にはカツラ、ヒバ、クリなど)年輪の密になっている部分を底にした。大きさは、長さ180㎝~500㎝位、巾は50㎝~80㎝位、高さ25㎝~45㎝と大小さまざまであった。

民俗

テッポウ風呂

テッポウ風呂桶の下部に鉄や銅で作った筒形の焚口と通風穴を設けて、煙突を上部に出した構造をもつ。木炭や薪を燃やして湯を沸かした。

民俗

えんちこ

えんちこ赤ん坊をいれるワラ製のいれもので、底に穴がある。
ワラを敷いた上にボドを敷き、底のところには灰も入れて小便などをしみ込むようにした。

民俗

スシキッツ

スシッキツ沼で獲れるウグイ、フナなどの魚をスシにつけておくキッツ(ヒノキ材で作られた入れ物)。

民俗

トンボ

トンボトンボのことをヤマデともいう。海の深い底にイカがいる時に使う。
イカが釣れると船べりでガラガラをあげながら、イカを船の中に落とす。

民俗

ハネゴ

ハネゴイカが海面に浮き上がっている時に使う道具で、針はにの皮をまいて使った。
ハネゴの針は、普段柄の二股のところにある穴にさしこんでしまっておく。

民俗

ドウ

ドウ取ったイワシを大きな鉄釜に入れて煮て、木枠で作ったドウに入れて絞って、イワシ油をとった。
イワシ油は、石鹸、ローソクの材料。

民俗

鋤(すき)

鋤くわとともに農具の飛車角にたとえられ、ほとんど全国的に用いられた。鍬との違いは、土を手前に引かず、進行方向に掘り返してゆく点である。

民俗

モッケ

モッケ堆肥運びの時に使う道具。モッケはナワや竹、ヤナギの枝でつくるが、目が粗いので土や石はこぼれ落ちる。
じゃがいもなどを運ぶのにも適していた。

民俗

大足

大足田を耕作するときに、泥田を踏んで稲株や草を沈め、細かく練られた泥を田面に浮かび上がらせる。

民俗

トビクシ

トビクシ木材の運搬などに使用する鉄の穂先をもち長い柄のついた道具。

民俗

コビキノコ

コビキノコこの鋸は、縦挽きの歯を持ち、極端に幅を広く作り一定方向に直線に切り込んでいくようになっている。
はじめの切り込みは難しいが、あとはほぼ自動的に平面に切れる。

民俗

味噌タル

味噌タル味噌は全て自家製で、大豆をおおきな味噌踏みハギリに入れツマゴを履いて踏みつぶした。

考古

隆起線文土器

隆起線文土器昭和62年 表館(1)遺跡から出土した土器で、大きさは、高さ30.5cm、口径22.0cmです。底部が乳房状のつくりで口唇部に小波状、体部に横位(37条)・底部に2条1組の隆起線文がみられます。
器形、文様、デザインとも縄文時代草創期約12,000年前の土器とは思えないほど洗練されています。
このほか発茶沢(1)遺跡から破片が出土しています。

考古

表館Ⅳ群土器

表館Ⅳ群土器昭和62年、表館(1)遺跡から出土した土器で、高さ24.0cm、口径29.3cm、底部7.2cmです。縄文系土器文化のはじまりを代表とする土器で、この遺跡名がつけられています。
この頃から気候が温暖化に向かい「縄文海進」がはじまります。

考古

表館Ⅹ群土器

表館Ⅹ群土器昭和62年、表館(1)遺跡から出土した土器で、高さ45.5cm、口径39.0cmで、5つの大きな波状口縁の下に砲弾状の体部と丸底に近い底部が特徴です。
文様は、縄の側面圧痕による弧状文、縦位縄文縄端回転文(RL・LR)が施されている。

考古

千歳(物見台)式土器

千歳(物見台)式土器昭和49年、千歳(13)遺跡から出土した土器で、高さ29.3cm、口径25.0cmあり、沈線・貝殻文系土器文化を代表する土器です。
文様を付けた貝殻は、サルボウかアカガイの口縁と推定されています。

考古

ムシリⅠ式土器

ムシリⅠ式土器昭和62年、表館(1)遺跡から出土した土器で、高さ31.5cm、口径33.5cm、底径7.0cmです。
ムシリは、下北郡東通村にある遺跡の名前です。沈線文土器文化を代表する土器で、内側には条痕がみられます。

考古

表館式土器

表館式土器昭和58年、表館(1)遺跡から出土した土器で、高さ13.0cm、口径12.8cmです。
この土器の特徴は、尖底、小型で全面に押し引き沈線文が施されています。
表館式土器を代表する土器で、出土状況は、屋外炉(直径65cm円形)から伏せられた状態で出土しました。

考古

円筒下層d1式土器

円筒下層d1式土器昭和61年、上尾駮(1)遺跡C地区の第5号竪穴式住居から出土した土器で、高さ28.0cm、口径21.0cm、底径12.0cmです。
本県を中心に発展した円筒土器文化を具現する深鉢形土器です。口縁部に撚糸圧痕文、胴部には複斜縄文を配しています。

考古

北海道系(中茶路式)土器

北海道系(中茶路式)土器昭和62年、発茶沢(1)遺跡から出土した土器で、高さ39.5cm、口径32.0cm、底部11.0cmです。
北海道に標識遺跡を持ち、土器の胎土などから搬入品と推定されております。
表館(1)遺跡からも出土しています。

考古

大木10式併行土器

大木10式併行土器昭和59年、弥栄平(1)遺跡から出土した土器で、高さ30.0cm、口径18.0cm、底径9.0cmです。
平縁深鉢形土器で、口縁部に磨り消しと、縄側面圧痕文原体RL縄文、2孔1対の補修孔が施されています。

考古

円筒上層a式土器

円筒上層a式土器昭和63年富ノ沢(2)遺跡から出土した土器で、高さ37.0cm、口径27.5cm、底径10.0cmです。
口縁部に4個の突起と隆線が配置され、撚糸圧痕文で複雑な装飾がされており、胴部に結束のある羽状縄文を施し円筒土器のなかでもっとも華やかな土器で、胎土に繊維の混入はみられない。

考古

縄文美子かめ棺

縄文美子かめ棺昭和46年9月4日に18~19歳の女性の人骨が、かめ棺土器から偶然発見され、一躍有名になりました。縄文時代後期(約4,000年前)のものとして は、全国でも数少なく昭和49年に頭蓋骨を県立郷土館で複顔されました。当館では全身を復元し、さらに音声認識ロボットを製作展示しております。
縄文美子は、東京大学鈴木尚先生によって復元されました。
*平成27年4月10日現在、音声認識ロボットは故障のため停止しております。

考古

赤漆彩色切断壷形土器

赤漆彩色切断壷形土器昭和60年、大石平(1)遺跡から出土した土器で、高さ31.0cm、口径7.8cm、最大胴径25.4cmの完全な形で出土されました。
用途は不明ですが、埋葬時の副葬品ではないかと考えられるような状態で出土しました。
この遺跡から出土した遺物は平成7年に国の重要文化財に指定されました。

考古

かめ棺土器

かめ棺土器昭和61年上尾駮(2)遺跡C地区から出土した土器で、高さ54.5cm、口径20.0cm、最大胴径38.0cm、底径20.0cmです。
土器は4個の波状縁と橋状把手をもち横斜位、渦巻状の沈線文が描かれ、当時の葬制を知るうえに貴重な壷形土器です。この土器は土瀇から出土しています。

考古

大洞C1~C2式土器(2)

大洞C1~C2式土器(2)昭和61年上尾駮(1)遺跡C地区から出土した土器で、高さ11.1cm、口径12.3cmです。文様は、LRの磨り消し縄文が施されている台付浅鉢形土器です。

考古

大洞C1~C2式土器

大洞C1~C2式土器昭和61年上尾駮(1)遺跡C地区から出土した土器で、高さ6.9cm、口径18.1cmです。文様は、LRの磨り消し縄文による雲形文が施されている浅鉢形土器です。

自然

オジロワシ

オジロウワシ長くて幅の広い翼とくさび形の白い短い尾をもつ、褐色の海ワシ。

自然

大乗寺のイチイ(オンコ)

大乗寺のイチイ南部地方にはイチイの古木が多いが、その理由は南部地方が馬産地であったため馬を放牧するのに広い草原が必要であった。その放牧場を管理していくために毎年春に野焼きをしていたが、その野火と春の西風から家を守るために家の周囲に植えられたのがイチイだった。

目通り幹周り 240cm
推定樹齢   250年

自然

しなのき

しなのき戦後、庄内開拓団がこの地域に入植し、冬季の積雪でこの辺が雪野原となり道路がわからなくなるので、開拓団員だった佐藤繁作氏が提案して冬季の目印に残したといわれる由緒ある樹木である。

胴回り  265cm
推定樹齢 200年

自然

カワウ

カワウ市柳沼での集団営巣地は沼東部の湖崖にそびえる大木上で、最近300mぐらい離れたところから引っ越した形跡がある。
昭和55年の調査によると、総数100羽(一夫一妻)3月20日ごろ飛来、6月中旬に巣立つ。

自然

カンムリカイツブリ

カンムリカイツブリ鋭く尖った白っぽい色のくちばしと長い首を持った大形のカイツブリ。
六ヶ所村の田面木沼と市柳沼には、夏鳥として3月から11月まで渡来し、繁殖する。

その他

木村文書

旧倉内村の木村家(大家)に伝わる先祖代々の文書で、藩政時代初期から記録、保存されている。知行状、願い書き上げ、由緒調べ、相続許可口上覚などがある。

昭和54年5月30日
六ヶ所村有形文化財古文書第3号指定

その他

秋忠文書

泊地区の種市栄太郎家に伝わる古文書で、貴宝山関係のほかにも生活の面で泊村は海の幸や南部ヒバなどの山の幸に恵まれていることが記録されている。

昭和54年3月12日
六ヶ所村有形文化財古文書第2号指定

その他

能登七右エ門文書

能登七右エ門文書は、泊地区の能登鉄太郎家に伝わる課税の細目を列挙した古文書である。七戸代官所が泊港で取引される諸品の役銭を定めて通達した文書で、当時の物品流通の様子をうかがうことができる。

昭和49年3月29日
六ヶ所村有形文化財古文書第1号指定